職場における受動喫煙防止対策は大丈夫? 企業の法的責任は?
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タバコを吸わない人にとっても、たばこによる健康被害が生じることがあります。
自分自身はたばこを吸わない方であっても、飲食店で喫煙者の方が同席している場合などに、嫌々たばこの煙を我慢しなければならない、という経験をされた方も多いでしょう。
たばこを吸わない人にとっては、不快感を与えられるのみならず、たばこの煙を吸わされてしまうことになります。室内またはこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることを受動喫煙といいます。
国は、受動喫煙を防止するために、健康増進法および職業安定法施行規則の一部を改正しました。改正法は、令和2年4月から適用されています。愛知県岡崎市においても、受動喫煙防止対策として、平成23年からすべての市管理施設について屋内禁煙、公園施設は原則敷地内禁煙という対策をとっています。
今回の改正法によって、職場における受動喫煙対策は、どの程度のものが求められることになったのでしょうか。また、企業がその対策を講じなかった場合、どのような法的責任が生じるのでしょうか。
1、近年、受動喫煙による健康被害が問題視されている
たばこの煙には、喫煙者が吸い込む煙である「主流煙」と、たばこの先から出る「副流煙」という2種類の煙があります。
副流煙は、主流煙よりも、ニコチンが2.8倍、タールが3.4倍、一酸化炭素が4.7倍も含まれます。また、副流煙には、発がん性のある化学物質である、ベゾピレン、ニトロソアミン等も含まれます。
受動喫煙によって引き起こされる身体への害としては、肺がん・急性心筋梗塞などの虚血性心疾患、乳幼児突然死症候群、子どもの呼吸器感染症やぜんそく発作の誘発などがあります。
また、受動喫煙による肺がんと虚血性心疾患の死亡数は年間約6800人おり、そのうち職場での受動喫煙が、病気を誘引したと推測されるのは約3600人でした。このように、受動喫煙は重大な健康被害を生んでいます。
国際的な動向としても、たばこの消費および受動喫煙が及ぼす悪影響を減らすために、世界保健機関(WHO)は、平成17年2月に「WHOたばこ規制枠組条約」を発効しました。
2、改正健康増進法について
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(1)改正健康増進法とは
平成30年7月に健康増進法が改正され、2020年4月1日から全面施行されています(以下、平成30年7月改正の健康増進法を「改正法」といいます。)。改正法は、望まない受動喫煙の防止、子どもや患者などの受動喫煙による健康被害が大きい者への配慮、等の趣旨に基づき、多くの方が利用する施設の類型に応じて、一定の場所以外における喫煙を禁止するとともに、施設管理者の方が講ずべき措置等について定めています。改正法のポイントは次の章で解説していきます。
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(2)加熱式たばこならOK?
加熱式たばこは、有害物質が紙巻きたばこよりも少ないといわれていますが、受動喫煙者の健康に悪影響を及ぼす可能性は否定するところまではできず、決して安全だとは言い切ることはできません。英国、ロシア、ドイツなどは紙たばこに対する規制を加熱式たばこには適用していませんが、日本では上記の懸念から、紙たばこと同じく規制の対象となっています。
3、企業に課される受動喫煙対策
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(1)改正法・改正職業安定法規則のポイント
●基準を満たした喫煙室の設置
改正法では、原則屋内禁煙となり、喫煙できるのは基準を満たした喫煙室のみとなります。この際に設置可能な喫煙室は、事業者の分類によって異なります。
たとえば、飲食店においては、原則屋内禁煙となり、喫煙専用室内でのみ喫煙可となります。病院・診療所・学校等においては敷地内禁煙となり、喫煙場所を設置する場合は、屋外に設置しなければなりません。上記に該当しない事業所についても、原則屋内禁煙です。つまり、一般的な企業のオフィスについては、原則的に屋内が禁煙となるのです。
なお、既存の飲食提供施設で規模が小さいお店では、喫煙専用室の設置ではなく、喫煙可能室(店を全部喫煙可能とした場合は喫煙可能店)とし、受動喫煙対策を行うことが認められています。
また、喫煙可能な設備がある場合、必ず指定された標識を掲示しなければなりません。
●20歳未満の従業員は、喫煙所に立ち入り禁止
20歳未満の方については、たとえ従業員であったとしても、喫煙エリアに立ち入らせることはできません。もし20歳未満の方を喫煙室に立ち入らせた場合、その施設を管理する企業は行政からの指導・助言の対象となります。
●求人票には、喫煙ルールを明記することが必要
職業安定法施行規則が一部改正され、求人をする場合には受動喫煙に対する対策を明示しなければならなくなりました。すなわち、求人票には賃金や労働時間、就業場所などと一緒に、どんな受動喫煙防止対策をしているかを明記する必要があります。
●受動喫煙防止対策をしなかった場合の罰則は?
仮に改正法で義務付けられた受動喫煙防止対策を行わない場合、違反者には罰則(過料)が課せられる可能性があります。過料の金額は、都道府県知事等の通達に基づき、地方裁判所の裁判手続きによって決定されます。 -
(2)具体的には受動喫煙対策のために何をするべきか
もっとも簡単な方法は、店内ないし仕事場内を全面禁煙とすることです。この方法は、すべての人を受動喫煙から守る、確実かつ簡単な方法です。喫煙室を設置するコストや、喫煙室を清掃する手間を省くこともできます。
全面禁煙としない場合には、きちんと喫煙室を設け、喫煙室ではない場所での喫煙を禁止することです。その場合は、喫煙室の外にたばこの煙が漏れないように、技術的基準を満たす必要があります。
それ以外の受動喫煙対策としては、たばこ自販機の撤去や、産業医による禁煙相談、ニコチンパッチの無料配布、禁煙達成者および禁煙サポート者への報奨などの活動を展開することが考えられます。
4、喫煙室はあるが、そこを使わない人がいる場合
改正法において定められた禁煙・分煙措置を取らない場合には過料の制裁があります。
では、改正法で求められた喫煙室を設けているにもかかわらず、経営者が喫煙室以外の場所でたばこを吸うことをやめず、従業員が受動喫煙にさらされている状況の場合、企業には法的な責任が発生するのでしょうか。
上記の場合には、従業員や利用客などが、管轄の行政庁に通報する可能性があります。その場合には、企業は最大で50万円の過料の罰則を科される可能性があります。また行政上の制裁だけではなく、民事上の制裁が科されることも予想されます。すなわち、従業員などを受動喫煙のリスクにさらした結果、受動喫煙により引き起こされる疾病にり患してしまった場合、不法行為に基づく損害賠償責任を負うリスクがあります。
改正法により、受動喫煙防止のために企業がなすべき事柄については明確に定められているので、これに違反している場合に、実際に従業員の健康被害が出てしまった場合には、その責任を免れることは極めて難しくなるといえるでしょう。
喫煙者の方にとって、いつでも・どこでもたばこを吸うことができなくなることは不便なことですが、喫煙スペースに行くという少しの手間を怠ることによって、他の人にもたらされる健康被害は大きなものなので、改正法の趣旨を尊重し、改正法にのっとった措置をとりましょう。
5、まとめ
改正法によって、職場の受動喫煙対策はいわば「マナー」ではなく「ルール」となったため、企業の経営者は、改正法をしっかりと理解し、それにのっとった対策をとる必要があります。
また、従業員の方も雇用主がしっかりと受動喫煙対策を講じていなかった場合には、改正法に基づいた対応を求めることができるので、今まで以上に健全な職場作りがされやすい状況になったといえます。
喫煙者は、非喫煙者が受動喫煙によってこうむる被害をしっかりと認識し、十分な配慮をすること、そして非喫煙者は、喫煙者が喫煙室等で喫煙することは自由であることを認識し、互いの立場を十分に理解することが大切です。
企業は、従業員に対して、上記の理解を促進し、率先して受動喫煙対策のために行動することが求められます。改正法に違反してしまった場合、行政罰や民事上の制裁を受けることになりえますので、この機会にしっかりと押さえておきましょう。
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