嫌疑不十分とはどのようなものか? 逮捕後の流れもあわせて解説
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令和4年4月、蒲郡市の遊園地で開催されていた水上ショーで水上バイクが観客席に乗り上げて観客ふたりがケガを負う事故が起きました。この事故で警察は、遊園地の運営会社が安全に対する注意義務を怠ったなどとして業務上過失傷害の疑いで捜査を進め4人を書類送検しましたが、いずれも「不起訴」となりました。
一般的に、刑事事件で不起訴となるにはいくつかの場合がありますが、そのひとつが「嫌疑不十分」です。本コラムでは「嫌疑不十分」の意味やほかの不起訴の理由、刑事手続きの流れや嫌疑不十分になったあとの影響などについて、ベリーベスト法律事務所 岡崎オフィスの弁護士が解説します。
1、嫌疑不十分とは? 不起訴理由の種類
検察官が被疑者の刑事裁判を提起する「起訴」を見送る処分が「不起訴」です。
不起訴が下されるときは、なぜ不起訴が妥当であるのかを示す「不起訴理由」が付されますが、不起訴理由にはさまざまな種類があります。
そして、「嫌疑不十分」は不起訴理由のひとつとなります。
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(1)嫌疑不十分の意味
罪を犯したという疑いが完全に晴れたわけではないものの、容疑をかけられている人が犯人であるという証拠や、犯罪の成立を認定するにあたって十分とされるだけの証拠が集まらなかった場合には、嫌疑不十分として不起訴になります。
つまり、不起訴理由のなかでも、いわゆる「証拠不十分」と呼ばれる状況において当てはまるものです。
検察官が起訴や不起訴を判断する際は「起訴すればほぼ確実に有罪を勝ち取ることができるのか」という点に重きがおかれます。
決定的な証拠が存在しない場合には起訴に踏み切るのは難しいので、検察官は嫌疑不十分を付して不起訴とすることが多いのです。 -
(2)ほかの不起訴理由の種類
不起訴理由には約二十種類がありますが、そのなかでも代表的なものは以下のとおりです。
・ 罪とならず
捜査の結果、犯罪が成立しないことが明らかになった場合の処分です。
犯罪の構成要件を満たさない場合や、犯罪にあたる行為があっても正当防衛など違法性が否定される事由が存在することが証拠上明らかな場合などに下されます。
・ 嫌疑なし
犯人ではないことが明らかなとき、または犯罪の成立を認定する証拠が存在しないことが明らかなときなどに下される処分です。
・ 起訴猶予
犯人であることや犯罪の成立を認定できるだけの証拠は存在しており、起訴すれば有罪判決を得られる状況でありながらも、諸般の事情を考慮し、あえて起訴を見送る処分です。
すでに被害者との示談が成立していたり、刑罰を科さずとも改善更生が期待できたりするといった状況では、起訴猶予となる可能性が高まります。
・ 告訴の取り消し
検察官が起訴する際に被害者からの告訴を要する親告罪について、被害者からの告訴が取り消されたときに下される処分です。
名誉毀損(きそん)罪・侮辱罪・器物損壊罪などの親告罪にあたる事件では、被害者が告訴を取り消すと検察官は起訴できなくなるため、原則として不起訴になります。
なお、捜査段階では告訴を見越していながらも検察官が起訴を検討する段階で正式に告訴がなかった場合には「告訴の欠如」として、本来は告訴権がないなど告訴の要件を満たさなかった場合には「告訴の無効」として、いずれも不起訴となります。
このほかにも、心神喪失、被疑者死亡、時効完成などがあります。
とはいえ、不起訴理由の大部分は、起訴猶予が占めています、
具体的には、令和3年中に全国の検察庁で不起訴となった人数は14万9678人でしたが、そのうち起訴猶予は10万2625人であり、全体の63.7%を占めていました。
また、嫌疑不十分は嫌疑なしを含めて3万3183人であり、全体の22.2%と、起訴猶予に次いで多い人数でした。
2、逮捕されて起訴・不起訴が決まるまでの流れ
以下では、犯罪の容疑で警察に逮捕されたのちに、起訴か不起訴かが決まるまでの流れを解説します。
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(1)逮捕による最大72時間の身柄拘束
警察に逮捕されると、ただちに身柄を拘束されて警察署に連行されます。
警察による身柄拘束の期限は48時間以内であり、この期間内に、警察は逮捕した被疑者の身柄と捜査書類を検察官に引き継がなくてはなりません。
この手続きを「送致」といいます。
また、検察官に送致されると、そこでもさらに24時間以内の身柄拘束を受けます。
ここまでが逮捕の効力による身柄拘束です。
警察官・検察官の身柄拘束をあわせると、最大72時間の身柄拘束を受けることになります。 -
(2)勾留による最大20日間の身柄拘束
逮捕の効力が切れても、ただちに釈放されるとは限りません。
検察官が「勾留」を請求し、裁判官が審査してこれを許可すると、さらに10日間の身柄拘束を受けます。
被疑者の身柄は警察へと戻され、以後は検察官による指揮のもと、警察が捜査を進めます。
初回の勾留は10日間ですが、10日間で捜査が遂げられなかったなどやむを得ない事由がある場合には延長請求が可能です。
延長期間は10日間以内であるため、勾留による身柄拘束を受けるのは10~20日間になります。 -
(3)起訴・不起訴の決定
勾留が満期を迎える日までに、検察官が起訴・不起訴を決定します。
不起訴になった場合は刑事裁判が開かれないので身柄拘束を続ける必要もなくなり、即日で釈放されます。
一方で、起訴された場合は被告人としてさらに勾留されることになり、保釈が認められなければ基本的に刑事裁判が終了するまで釈放されません。
3、嫌疑不十分となったあとに起こること・起こりうること
以下では、犯罪の容疑をかけられたが、捜査の結果として嫌疑不十分となった場合に起こることを解説します。
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(1)嫌疑不十分になると起こること
嫌疑不十分で不起訴になると、刑事裁判が開かれないので刑罰も受けません。
刑罰を受けないので前科がついてしまう事態も回避できます。
ただし、刑罰や前科は回避できても、「前歴」がついてしまいます。
前歴とは、犯罪の容疑がある者として警察や検察官の捜査対象になった経歴のことです。
捜査機関が独自に保有している部外秘の情報なので、外部に漏れることはありませんが、新たに犯罪の容疑をかけられてしまったときは疑いが強まって不利な扱いを受けるおそれがあるのです。 -
(2)嫌疑不十分になって起こりうること
嫌疑不十分による不起訴は、あくまでも刑事処分に関する部分の問題です。
「犯人であることが明白ではない」「犯罪を立証するには証拠が足りない」といった状況があったとしても、他人に与えた損害については民事的に賠償を求められるおそれがあります。
たとえば、店舗の軒先に置かれていた看板を足蹴りで壊したとして器物損壊の容疑をかけられたものの、故意に蹴り壊したというまでの証拠がそろわなかったとしましょう。
このような場合には、刑事的には証拠が不足しているので嫌疑不十分で不起訴になる可能性があります。
しかし、「看板を壊してしまった」という事実まで否定されるわけではないので、たとえ不注意であったとしても看板の修繕費や新品への交換費用を支払う義務は免れられません。
つまり、刑事的な責任と民事的な責任はあくまでも別問題であるということに注意が必要です。
また、いったんは嫌疑不十分で不起訴になったとしても、検察審査会による再審査によって起訴されるおそれがあります。
被害者や告訴人からの審査申立てがあった、あるいは新聞記事などの情報から再審査の必要性が認められたといった場合には検察審査会の職権で、国民から選ばれた11人の検察審査員による会議が開かれ、不起訴相当・不起訴不当・起訴相当といった議決が下されます。
不起訴不当・起訴相当となった場合には検察官が再捜査を行い、改めて起訴・不起訴が判断されます。
さらに、起訴相当の議決があったのに検察官が不起訴とした場合、再審査で再び起訴相当の議決があれば、裁判所が指定した弁護士によって強制起訴されることになるのです。
4、不起訴を目指すうえで弁護士にできること
嫌疑不十分は、嫌疑なしのように完全に疑いが晴れたときの処分ではないため、新たな展開があれば起訴されてしまう可能性が存在します。
不起訴による事件の解決を実現するためには、証拠の有無に左右される嫌疑不十分を期待するのではなく、弁護士にサポートを依頼することが大切です。
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(1)被害者との示談成立を依頼できる
刑事事件を穏便なかたちで解決するための方法のひとつが、被害者との示談交渉です。
具体的には、被害者に対して深く謝罪して、犯罪によって生じた損害や精神的苦痛に応じた慰謝料を含めた示談金を支払うことで、被害届の取り下げや刑事告訴の取り消しを求めます。
加害者と被害者との間で示談が成立していれば、当事者間で和解しており犯人を厳しく罰する必要もないとして、起訴猶予による不起訴となる可能性が高まります。
被害者への謝罪・賠償を尽くして和解に至っていれば、検察審査会への審査申立てを警戒する必要もほとんどありません。ただし、起訴猶予による不起訴は、犯罪が成立しうることを前提とした処分に当たります。そもそも、犯罪が成立しないことを前提とした弁護活動を行う場合には、示談を成立させるか否かについても、慎重な判断が求められます。 -
(2)有利な処分を目指すためのアドバイスが得られる
警察や検察官といった捜査機関は、あらゆる手法で捜査を尽くします。
たとえ決定的な証拠を隠したとしても、捜索や差押えといった強制捜査によって証拠を確保するので、意図的に嫌疑不十分を目指すのは困難です。
ただし、検察官が起訴に踏み切るまでの確証を得させない、という対策は存在します。
たとえば、被疑者自身が罪を認める「自白」がなければ起訴は難しい状況なら、取り調べにおいて自己に不利な供述を拒否する「黙秘」によって起訴を回避できる可能性があります。
また、供述そのものを拒否しなくても、故意を否定したり正当防衛を主張したりするといった方法によって、不起訴が得られる可能性もあります。
弁護士に相談すれば、どのような方針で取り調べに臨めばよいのかといったアドバイスが得られます。
不起訴を目指すためには、犯罪ごとに設けられている構成要件や法律が認めている違法性を阻却する事由などの知識が必要となるため、刑事事件の解決実績を豊富にもつ弁護士に相談や依頼を行うことが大切です
5、まとめ
「嫌疑不十分」とは不起訴理由のひとつであり、犯人であることや犯罪の成立を認めるうえで必要な証拠が不足している場合に下される処分です。
検察官が嫌疑不十分とした場合は刑事裁判が開かれないので、刑罰や前科を回避できます。
ただし、新たな証拠が発覚したり、被害者が不起訴を不服として再審査を求めたりした場合は、改めて起訴されてしまう可能性もあります。
不起訴の可能性を高めるためには、被害者との示談交渉を行うなどの積極的な対応をとることが重要です。
ご自身やご家族が犯罪の容疑をかけられてしまい、不起訴による解決を望まれる方は、まずはベリーベスト法律事務所 岡崎オフィスにご相談ください。
刑事事件の解決実績を豊富にもつ弁護士が、穏便な解決を目指すための対応を行います。
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