相続放棄ができなくなる!? 保存行為・処分行為・単純承認とは?
- 相続放棄・限定承認
- 相続放棄
- 保存行為
裁判所が公表している司法統計によると、令和2年度における名古屋家庭裁判所の相続放棄の申述事件の受理件数は、1万1883件でした。この数字には、岡崎市内の方からの申立件数も含まれていますので、相続ではなく相続放棄を選択する方が一定数いることがわかります。
相続が発生した場合には、相続人が遺産分割協議を行い、被相続人の遺産を分けることになります。しかし、被相続人に借金があった場合には、相続放棄という手続きをとることによって借金を負担する必要はなくなります。ただし、単純承認(マイナスの財産もすべて相続すること)とみなされる行為をしてしまうと、相続放棄をすることができなくなってしまいます。
そのため、相続した財産を修繕したり改良したりする保存行為は、不正確な知識に基づいて行動してしまうと、単純承認とみなされてしまう可能性があるため注意が必要です。今回は、相続放棄と保存行為の関係について、ベリーベスト法律事務所 岡崎オフィスの弁護士が解説します。
1、相続放棄ができなくなる条件
法定単純承認に該当する事由がある場合には、相続放棄をすることができなくなります。そもそも相続放棄とはどのような行為なのか、何をしたら法定単純承認となるのか、ひとつずつ確認していきましょう。
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(1)相続放棄とは
相続放棄とは、相続人がすべての遺産の相続を放棄することをいいます。
相続の対象となる相続財産には、現金・預貯金、不動産、有価証券などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含まれます。
マイナスの財産がプラスの財産を上回っている場合には、相続人は不利益を被ってしまいますので、そのような事態を回避するために利用されるのが相続放棄です。また、相続争いに巻き込まれたくない、相続の協議をしたくないといった場合にも相続放棄は利用されます。 -
(2)相続放棄ができなくなる場合
民法が定める法定の単純承認事由に該当する行為をした場合には、相続放棄をすることができなくなります(民法921条)。単純承認とされ、相続放棄ができなくなる可能性がある主な行為を3つ紹介します。
① 相続財産の全部または一部を処分した場合
相続財産に対して“処分行為”をすると単純承認事由にあたります。処分行為とは、相続財産の現状や性質を変える行為をすることをいいます。
そのため、処分行為には、相続財産の売買などの法律上の処分行為だけではなく、相続財産の損壊や廃棄などの事実上の処分行為についても含まれます。
なお、相続人を受取人とする生命保険金や死亡退職金などは相続財産に含まれませんので、これらを受け取り、消費してしまったとしても単純承認事由である相続財産の処分にはあたりません。
② 熟慮期間内に相続放棄の手続きをしなかった場合
相続放棄をするためには、熟慮期間内に家庭裁判所に相続放棄の申述という手続きをする必要があります。
熟慮期間は、相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内とされています。3か月の期間が経過してしまうと単純承認があったものとみなされ、それ以降は相続放棄をすることができなくなります。
熟慮期間内に相続放棄をすることができない事情がある場合には、家庭裁判所に熟慮期間伸長を申し立てることによって、相続放棄の期限を延ばすことができる可能性があります。
③ 相続財産の隠匿、私的な消費、悪意による財産目録への不記載
相続放棄後に相続財産の隠匿、私的な消費、悪意による財産目録といった背信的な行動も単純承認になるとみなされます。
相続債権者の犠牲のもとに相続人に相続放棄という保護を与えるのは相当とはいえませんので、民事的制裁の一種として、単純承認があったものとみなし、相続放棄は認められません。
2、保存行為をすると相続放棄ができなくなる?
保存行為をした場合にも単純承認とみなされて相続放棄をすることができなくなってしまう可能性があります。
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(1)保存行為とは
“保存行為”とは、民法に則った財産に対する行為のひとつで、相続財産の価値を保存して、現状を維持する行為のことをいいます。
たとえば、相続した住宅を修繕したり管理したりする行為が該当します。ただし条件によっては保存行為とみなされないケースもあります。詳しくは3章で後述します。
相続が発生した後の相続財産については、相続人全員の共有になりますので、民法の共有の規定が適用されます。そのため、保存行為については、各相続人が単独で行うことができます。 -
(2)保存行為は法定単純承認事由にはあたらない
民法921条1号ただし書きは、保存行為については、法定単純承認事由である相続財産の処分には該当しないと規定していますので、保存行為をしたとしても法定単純事由にはあたりません。
ただし、一見保存行為にあたるようにみえる行為であっても実は相続財産の処分に該当するものもありますので、相続財産に手を付ける場合には、慎重に行う必要があります。不安な場合は、弁護士への相談も検討するようにしましょう。
3、これは単純承認?|相続放棄ができる保存行為
法定単純承認事由について説明をしてきましたが、具体的にどのような行為が法定単純承認にあたるかわからないという方もいるかもしれません。以下では、具体例を挙げながら法定単純承認にあたる行為とそれ以外の行為について説明します。
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(1)相続放棄に影響のない保存行為
相続放棄に影響のない保存行為としては、以下のものが挙げられます。
① 壊れそうな建物の修繕
相続財産に含まれる建物が老朽化しており、倒壊の危険や雨漏りなどによる劣化のおそれがある場合には、それらを修繕したとしても相続財産の価値を保存して、現状を維持する行為に過ぎませんので、相続放棄に影響を与えることはありません。
② 腐敗しそうな物の処分
被相続人が死亡した後、自宅の整理などをすることがあると思います。冷蔵庫にある食品などは時間の経過とともに腐敗してしまいますので、それを処分したとしても保存行為にあたり、相続放棄に影響を与えることはありません。
③ 債権の消滅時効の更新
被相続人が誰かにお金を貸している場合には、貸金返還請求権という債権についても相続財産に含まれることになります。貸金の時効は、5年とされていますので時効の完成が迫っているような場合には、時効の成立を阻止するための措置として消滅時効の更新を行うことがあります。
このような債権の消滅時効の更新については、保存行為とされていますので、相続放棄に影響を与えることはありません。
④ 債務の弁済
被相続人に借金などの債務がある場合には、被相続人の死亡後は債権者から相続人に対して請求がなされることになります。
このとき、被相続人の債務について、“相続人の財産から”弁済をしたとしても、法定単純承認事由に該当することはありません。債務の弁済については、保存行為に該当するからです。ただし、“被相続人の財産から”弁済すると保存行為ではなく“処分行為”とみなされますので、注意しましょう。 -
(2)相続放棄に影響のある行為
相続放棄に影響のある行為としては、以下のものが挙げられます。
① 建物の取り壊し
相続財産に含まれる建物が老朽化しており、倒壊の危険があるからといって、建物を取り壊してしまうと、それは保存行為を超えた処分に該当します。そのため、建物の取り壊しをしてしまうと単純承認事由に該当し、相続放棄をすることができなくなります。
② 債権の取り立て
被相続人が誰かにお金を貸している場合において、消滅時効の更新のついでに債権の取り立てを行うことがあります。消滅時効の更新の範囲であれば、相続財産の価値を保存して、現状を維持する行為に過ぎませんが、それを超えて取り立てをしてしまうと相続財産の処分にあたり、相続放棄をすることができなくなります。
③ 債務の弁済
弁済期の到来した被相続人の相続債務について、相続人の財産から支払いをする場合には保存行為に該当しますが、“被相続人の財産から”債務の支払いをしてしまうと相続財産の処分に該当しますので注意が必要です。
お問い合わせください。
4、相続については弁護士へ
相続放棄における保存行為や処分行為の判断は、困難なケースも少なくありません。安心して相続もしくは相続放棄を進めるために、まずは弁護士に相談をすることをおすすめします。
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(1)相続放棄ができなくなるリスクを軽減できる
被相続人に借金がある場合には、相続放棄や、特定の財産のみを相続できる限定承認を検討することになります。
しかし、借金があるかどうかは、被相続人の死後すぐに判明しないこともあり、遺産分割の手続きを進めていく中で借金に気付くケースも少なくありません。
相続放棄をするためには、法定単純承認事由に該当する行為がないことが要件とされていますので、相続財産に手を付けてしまっていると最悪のケースでは相続放棄が認められず、借金を背負わなければならなくなります。
そのため、相続が発生した場合には、早めに弁護士に相談をすることが大切です。弁護士であれば、迅速に被相続人の相続財産調査を行うことができますので、相続放棄の熟慮期間内に相続財産調査を終えることができるでしょう。調査の結果によっては、弁護士からは相続放棄をしなければならなくなる可能性があることを説明しますので、安易に遺産に手を付けてしまうという事態を回避することができます。 -
(2)スムーズな遺産分割協議を実現できる
相続財産調査の結果、借金がなかった場合や借金を上回る財産があったという場合には、相続放棄ではなく、遺産分割協議によって相続財産を分けることになります。
遺産分割協議は、相続人全員による話し合いで行うことになりますが、多数の相続人がいる場合には、お互いの利害が衝突する結果、感情的になってしまい争いが生じてしまう可能性があります。
弁護士であれば冷静に遺産分割協議を進めることができますので、当事者だけではなかなか解決することができない事案であってもスムーズな解決が期待できます。また、話し合いで解決することができない事案については、遺産分割調停や審判によって解決することになりますが、そのような法的手続きのサポートも弁護士にお任せください。
5、まとめ
保存行為に該当するものであれば、相続放棄には影響はありません。しかし、保存行為に該当するか相続財産の処分に該当するかは、微妙な判断を要するものも少なくありませんので、疑問がある場合には弁護士に相談をすることをおすすめします。
相続放棄や相続に関するお悩みは、ベリーベスト法律事務所 岡崎オフィスまでお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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